憎むならやさしく
登場人物
滝沢隼人(27) 無職。
滝沢みき(30) 隼人の妻。
神田尚之(25) 溶接工。
神田雪(24) 尚之の妻。
神田朝子(2) 神田夫妻の娘。
ママ(男)
区役所の女性職員
産婦人科の女医
救急隊員
美由紀(35) 尚之の不倫相手。
タクシーの運転手
ディーラーの男
ドレッドヘアーの男
ホスト風の男
マッシュルームカットの男
刑事A
刑事B
刑務官
裁判官
刑務所の男
雑誌社のライターの男(中村)
相部屋の男
所長
ニュース記者
地雷系の服装をしたカップル女
赤髪のカップル男
中年男性
〇場末のバー(深夜)
滝沢隼人(27)がくわえ煙草で、扉を開けて薄暗い店内に入っていく。スキンヘッドのいかつい店主が、ピンクのフリフリのワンピースを着ている。濃い体毛がはみ出している。メイクは青いシャドウにリップは赤。そして、隼人に手を上げる。
隼人「おう。ママ。またクビなったぜ」
ママは隼人の酒を作りながら驚く。ママの声、野太い。
ママ「コロナで?」
隼人「まあ。そんなとこかな。でも本当の原因はおれにあるってか」
ママ「どういうことよ。まあうちもぼったくり違法店だからね! あんたからもきっちり頂いてるし。ギャハハ!」
隼人「なんかさ、おれ、単純に、頭わりぃんだよ。金の計算とかできねぇ。馬鹿なんだ」
ママ「まあ元気出しなさいって。お酒、濃いめにしといたから」
ママ、隼人の前にハイボールを置く。隼人、それを一気に半分ぐらいまで飲む。バーの奥からみき(30)が口紅を塗りながら出てくる。隼人、思わずその美しさに見とれ、酒を飲むのをやめる。
ママ「新人のみきちゃん。隼人はね、うちの常連なの。よろしくね、隼人もみきちゃんも」
隼人とみき、お互い無愛想な顔で会釈しあう。
隼人「おれ、手持ちそんなねえけど、飲む?」
みき「いいんですか」
隼人「あー。いいよ。どうせ家賃払えなくて追い出されるから、その記念ってことで。ママ、いい酒、おろして」
ママ「また隼人……。自暴自棄になるのよくない。でもまあみきちゃんにあげるんだったら」
ママが、隼人とみきに向かってスパークリングワインの栓を開けて見せる。そして酒をつがれたシャンパングラスは、指紋だらけの100均で買ったような安いもので、使い古されていることがわかる。隼人とみき、乾杯をする。
隼人「あんた、何歳? えらく若く見える。AV女優みたいで、綺麗だ」
みき「三十。半分当たってる。あたし、前ソープだったから」
隼人「なんで辞めた?」
みき「おっさんとセックスするのでボロボロになった、精神」
隼人「あー」
みきと隼人がべろべろになっていく様子。ママもスパークリングワインを飲んでいる。そして隼人とみきも手を叩いて笑い合い、楽しげである。
〇みきの家(深夜)
モノが最低限の家具しかない1K。みきと隼人がふたり裸でシーツにくるまって、セックス後であることがわかる。みきと隼人、ベッドで煙草を吸っている。
みき「あんた、家追い出されるんだっけ」
隼人「遅かれ早かれ」
みき「うちに住めば?」
隼人「お前、きっと、運命の女だ」
〇新宿区役所の外(翌日・朝)
区役所の階段でストロングゼロの500ミリリットル缶を飲んでバカ笑いをしている二人。
みき「ママとうちのババアにハンコ押して貰ったし、行くか」
隼人、頷いて、ストロングゼロを飲み干して足でぐしゃぐしゃにする。
〇区役所の中
みき「お願いします」
みき、そう言って婚姻届を出す。区役所の女性職員がベロベロに酔っ払っている二人を見て、怪訝そうな顔をするが、淡々と処理をしている。
女性職員「受理いたしました。おめでとうございます」
隼人が最高に幸せそうな顔でみきを持ち上げてぐるぐる回る。
隼人「0日婚だぜー!」
みき「やめてって! 目が回るよ!」
区役所中の人々が二人を見る中、ギャハハと笑う隼人とみき。
〇ドン・キホーテの中
隼人「やっすい指輪しか買ってやれんで、すまんな」
みき「いいよ。昔の男に指輪とかもらったことないし。大体、アクセなんて自分で買うもんだと思ってたから」
〇ドン・キホーテの外
みき、嬉しそうに左手の薬指をパシャパシャとスマホで撮って、友達にLINEしまくる。それを見て嬉しそうな隼人。
〇滝沢家(3ヶ月後・夕)
隼人とみき、真新しい3LDK(持ち家)に引っ越している。表札に「滝沢」の文字。部屋の中にはみきが購入したブランドバックがそこかしこに放り投げてある。開けてない段ボールも山積みにしてある。みきはローテーブルの上にスマホを立てて、画面越しに話しかける準備をしている(ポコチャ、動画配信アプリ)。隼人は面白くなさそうに換気扇の下で煙草を吸っている。みき、酒を飲みながら話し始める。
みき「十万八千人のポコチャフォロワーの皆さん! 滝沢みきです! 今夜もあなたのお相手しちゃいます。今日も質問来ているな。『みきさんは結婚されているんですか?』はい、お答えします。してません! ってかこれ何度も答えた気がするんだけど、ウケる、ハハ」
みきがなにもつけていない指を画面に見せる。隼人、チッと舌打ちをする。
みき「今日はナイトブラの紹介をしますね。ほら、見てください」
みきがTシャツを脱いでグラマラスな体を映すと、スマホ上のアプリのコインが山積みに追加される。
みき「胸にはクーパー靱帯ってのがあって。それ、一回切れると元に戻らないんです。だからこそこのメルティナイトブラ!」
〇滝沢家(深夜)
みき「じゃあ隼人、あたし今日朝まで飲んでくるから。ファンの男どもにまた貢いでもらえるし。生活、だいぶ楽になったっしょ?」
隼人「楽とかじゃなくて。おれはお前と」
みき「なに? もっと新婚生活したいって?結婚式もハネムーン代も払えないやつが偉そうに言うんじゃないよ!」
みき、苛立って、隣にあったバッグに札束をゴソッと入れて玄関を閉めて出て行く。勢いで壁を殴ろうとしたが、できない隼人。
〇産婦人科(待合室)
なんとなく重い顔をしている二人。みきが隼人に小声で言う。
みき「……あたし最近生理来てないんだよなあ……飲み過ぎかなあ……」
女医が呼ぶ。
女医「滝沢さん。お入りください」
隼人とみき、立ち上がる。
〇産婦人科(診察室)
女医「滝沢みきさんでお間違いないですね?」
みき「はい」
女医「おめでとうございます。妊娠二ヶ月です」
絶句する隼人。
女医「このまま安定期に入るといいですね。次の検診は四週間後です。それでは今日はこのままお帰りください。安静にしてくださいね」
みきと隼人、立ち上がって。
みき「ありがとうございました」
〇病院の外
隼人「……おれの子供じゃねえだろ」
みき「は? なにいってんの。あんたの子でしょ。あんたとは生でしかしてないじゃん」
隼人、立ち止まって怒りながら言う。
隼人「おれ、知ってんだよ! お前が……その……ポコチャのファンのやつらと、ハメてんの!」
みき「してないよ」
隼人「いや。おれにはわかるんだ」
みき「被害妄想やめてくんない? 責任とらないつもり? 離婚する?」
隼人「そういうこと話したいんじゃなくて」
みき「あたしはさ……もう一回、このぐちゃぐちゃになっちゃったあんたとの関係をやり直したいの。仕事の量もちょっと見直してみるし。信者どもへのサービスとかも減らすし。0日婚したときのこと、覚えてる? あたし、凄い幸せだったんだよ? だから、産ませて? 二人で、育てよ?」
みき、涙をこぼす。隼人、それを見て。
隼人「……わかった。やりなおそう。みき」
ゆっくりと抱き合うふたり。
〇滝沢家(夕)
急に腹部を押さえて倒れるみき。
みき「痛い……」
痛みで額に汗の玉が浮いて、ぐたっとしている。力が入らないといった様子。
隼人「みき!! おい!!」
隼人、焦って、119に電話する。
〇婦人科(夕)
救急隊員に担架で運び込まれるみき。
救急隊員「旦那さん、奥さん何ヶ月ですか?」
隼人「五ヶ月です」
救急隊員「まずいな……」
隼人「みき、しっかりしろ! 大丈夫だから! 意識ちゃんと持て!」
みき、うなされている。
〇産婦人科(深夜)
点滴を何本もさしてベッドで眠っているみき。女医が隼人に話しかける。
女医「残念ですが……」
隼人「死産ってことですか」
隼人、涙ぐんでいる。
女医「はい。この度は本当に残念です……でも産むと、みきさんが死んでしまった可能性があります」
隼人、涙が止まらない。
隼人「わかりました」
〇滝沢家(半年後・朝)
ごったがえしていた部屋が綺麗に片付けられている。ソファでみきが死んだ目で煙草を吸っている。隼人が最新の掃除機を壁に立てかける。
隼人「こんなもんでどうかな。割と綺麗になったと思うけど」
みき「ありがと。助かる。最近動けなくて。億劫なの。全てが」
隼人「今日来るのはどんな人?」
みき「嫁のほうがあたしのポコチャの長年のファンで、旦那も来る。娘も連れてくるって」
隼人「娘って……子供だろ。大丈夫なのか、心配だ」
みき「大丈夫でしょ」
隼人「他人事みたいに言うなよ。でも、ひとと会うのは、いまのお前にとって、凄くいいと思う。もう何ヶ月も外に出てないんだから」
ピーンポーンと玄関のチャイムが鳴る。隼人が鍵を開けに行く。神田尚之(25)、その妻の雪(24)、娘の朝子(2)がわらわらとリビングにやってくる。雪は化粧をしていないが顔が整っているので可愛らしい。雪、ソファに座っているみきを見た瞬間感動して。
雪「わ……こんなひとが本当にいるなんて。長澤まさみ?」
みき、ちょっと苦笑して。
みき「大袈裟だよ、雪。ってか長澤まさみの実物、見たことないっしょ」
雪「そうですけど……!」
尚之、隼人に頭を下げる。
尚之「オレ、尚之って言います。そこの工場の溶接工で。兄貴って呼んでいいっすか?」
隼人「……いいけど、おれらまだ、っていうか、いま会ったばっかだぞ。気恥ずかしい」
みき「ねえ、うちら女子会するから、あんたらどっか行ってくんない? 軍資金、ほら」
みき、煙草をくわえながらポケットからコンビニのATMの封筒を雑に出し、そこから数枚渡す。
隼人「サンキュ」
嬉しそうに隼人のあとをついていく尚之。
〇パチンコ店
スーパー海物語の前に座ってパチンコを打っている隼人と尚之。
尚之「つーかなんで打ちながら煙草吸えなくなったんすかね」
隼人「知らねえ。お役人さんの考えることは」
尚之「兄貴はなんでみきさんと結婚したんですか?」
隼人「好きだったからだよ、当たり前だろ」
尚之「過去形なんすね」
隼人「……いや。そんなんじゃない」
尚之「……兄貴。ちょっと相談で」
隼人「なに?」
尚之「兄貴……オレ、女、いるんすわ」
隼人「は?」
尚之「雪と別れろってうるさいんす」
隼人「正気かよお前? ……朝子ちゃんも小さいんだし、別れろよ、そんな女。雪ちゃんだってあんなに可愛いんだし。おれが朝子ちゃんごと嫁に貰いたいわ」尚之「でもまたその女も可愛くて。ちょっと家まで追いかけられたりして、雪も知ってるんですよ。この件、なんとかするので、雪と朝子を滝沢家で、ほんの少し、ほんの少しでいいので、預かってもらえませんか?」
隼人「え……本気で言ってんのか? うちで預かる? 雪ちゃんと朝子ちゃんを?」
尚之「頼んます兄貴。ほんとに、ほんとにちょっとだけなんで! 月いくらかでも払うので」
隼人「おれ、家に金入れてねーからさ……一応みきに聞いてみるけど……。ってかお前、だらしねえんだな。そういうお前のこと、おれ、嫌いだ」
〇滝沢家(夕)
四人が食卓に座っている。奥に尚之と雪。朝子は雪におぶられている。手前に隼人とみき。デリバリーピザの残骸がテーブルの上に置かれている。雪、取り乱して、ほぼ泣きそうになっている。
雪「ねえ、単身赴任ってなんなの? 溶接で単身赴任ってどういうことなの尚之……だって工場で働いてるのに、出張なんておかしいじゃない!!」
尚之、激昂して。
尚之「仕事なんだから仕方ねえだろ!!」
尚之、雪の頬をぶつ。雪、椅子ごと横ざまに倒れる。おぶられている朝子が泣き出す。隼人が立ち上がって尚之にキレる。
隼人「落ち着けバカ!!」
尚之「ああ……兄貴、すまんっす。見苦しいとこ見せちゃって」
尚之、笑いながら。
隼人「へらへらすんなよ……」
みき「ちょっと雪の頬腫れてるから、氷とコットン持ってくる。化粧用のだけど」
みき、台所に走って行く。
隼人「謝れ」
尚之「え……」
隼人「ボサっとすんな。雪と朝子ちゃんに謝れっつってんだよ」
尚之、なにも言わない。それにイライラして、隼人が尚之にヘッドロックをかける。みきが氷とコットンを持って戻り、食卓の二人を見て叫ぶ。
みき「あんたらなに? ここ、あたしん家だから! あんたらが暴れていい場所じゃないって。これ以上やるなら二人とも叩き出す」
隼人、うんざりした表情で尚之を床に突き放す。
雪「……あの女なの?」
尚之「違う、仕事だ。本当に仕事なんだ、期間工ってやつで、短期間でかなり稼げる。わかってくれるか?」
雪、涙を一筋流し、諦めた顔で。
雪「……そう」
みき「じゃあ、建設的な話をしよってば。ちょっとあたし、まだポコチャやる元気ないんだわ、いま前に稼いだ金で食ってる」
雪「そうなんですか……?」
みき「ちょっと疲れることがあって。だってあたしログインしてないっしょ」
雪「そうですね、確かに」
みき、尚之を睨み付けて。
みき「あんた。どういう事情か知らないし、でもまあ想像つくけど。じゃあ、雪と朝子の面倒見てあげるから、月5万入れなさいよ」
尚之「わかりました、もちろんです」
みき「そんな真顔で嘘ついてさ……まあいいわ。帰りな、あんただけ」
尚之、頭を下げて滝沢家を出て行く。
雪「捨てられたんですね、わたしと朝子……」
〇滝沢家(朝)
隼人が朝子に卵焼きを食べさせている。雪は朝子が卵焼きをボロボロこぼすので、せっせと口を拭いている。実際の夫婦が子育てをしているようである。みき、それを見ながら、いつものソファで煙草を吸っている。みきにはかつての美しさはなく、化粧もしていない。やつれている。みき、銀行アプリを見て、奇声を上げてスマホを放り投げる。
みき「雪、ちょっとこっちきな!」
雪「はい」
みき「もう散々言ってるけど。あんたの旦那、最初の1ヶ月だけだよ、うちに振り込んだの。もう、4ヶ月も音沙汰ないんだけど。もう、本当に、全く連絡つかないわけ? 無理なわけ?」
雪「LINEもブロックされちゃったみたいで、電話も繋がらないです……ごめんなさい、相変わらず、こんな返事しかできなくて」
みき「じゃあ雪に働いてもらうしかないな……自分で稼いだ金で買ったブランドバックとかも売りたくないしさ。あたしもまだ回復してないし……ってかうこのやりとり何回目!?」
雪「そうですよね、もう本当にこんな会話、何度もさせて申し訳ないんで、なんでもします! この家に置いてもらえるなら……!! 隼人さんも朝子の面倒をよく見てくれて、助かっているので」
みき「じゃあ。雪、体売れる?」
〇大久保通りの道(深夜)
整形を繰り返したような女性が等間隔で並んでいる。雪、戸惑いながらも一番端に立つ。すっぴんで白いワンピースを着ている。隣の女たちが雪を蔑むように見る。すると、中年男性が雪の肩を叩いて。
中年男性「3」
雪「……?」
意味がわからぬまま中年男性についていく雪。
〇滝沢家(深夜)
隼人がトイレから出てくる。そしてリビングに置いてある朝子の小さな黄色いベッドを見に行くと、みきが血眼で朝子の口を思いっきり塞いでいる。
隼人「なにしてんだみき!!」
隼人、みきを引き剥がす。
みき「……あ、ごめん。なんか……疲れたのかな。あたしが妊娠してたころの記憶とかが蘇って。抗うつ剤は飲んだんだけど」
隼人「お前、殺したらどうすんだよ! 疲れたなら寝ろよ! 捕まるぞ? ……しかも雪のこと、いきなり道に立たせるなんてさ、そりゃ夜の仕事が手っ取り早いのはわかるけど、キャバとか、ほかに、ないのか……?」
みき「あんた、雪のこと好きでしょ」
隼人、驚く。しかし見破られないようにしながら、一息ついて、ゆっくり話し始める。
隼人「なにを言い出すのかと思いきや……勘弁してくれよ……。いまそれどころじゃねえだろ」
みき「朝、あんたらがガキに飯やってるとき、本当の夫婦みたいだった……」
泣き崩れるみき。
みき「あたしとあんたに、あのときちゃんと子供が出来てたらさ、そんで育ててたらさ、人生大違いだった、多分」
立ち尽くす隼人。
〇滝沢家(朝)
雪がリビングで泣いている。
みき「うるさいよ……1回寝ただけで……」
雪「でも! 怖かったんです! 相手、凄い強引で……!」
隼人、朝子を抱いて玄関のベビーカーに乗せる。
隼人「……朝子連れて公園行ってくる。雪、今日は寝なよ」
みき、隼人を睨みつけて。
みき「あんた。正義のヒーロー気取り? とにかく雪、これから1日3人客取りな。取るまで帰ってきても鍵開けないから。生活費足りないし」
絶望的な顔をする雪。隼人、うつむく。
そして、隼人がやや諦めたように、朝子のベビーカーを押して外に出る。
〇公園
雲ひとつない快晴。たくさんの家族連れが楽しそうにブランコやアスレチックに登ったりして遊んでいる。隼人、それを羨ましそうに見る。すると、公園で歩いている尚之を見つける。尚之の隣には35歳ぐらいの女性。はしゃいでいる5歳ほどの双子を女性が追いかける。尚之は幸せそうである。隼人、激昂して、尚之のところへベビーカーを押していく。
隼人「おい」
尚之、隼人と朝子を見てギクッとする。
尚之「美由紀、ちょっと……待っててくれ。後で戻るから」
美由紀「あら。お友達? はーい、待ってるね」
隼人、尚之の後ろに素早く回って、ベビーカーで背中を押しながら、誘導する。
隼人「そのまままっすぐ歩け」
〇公園から少し離れた裏路地
隼人、ベビーカーを自分の背後に置いて、尚之の左頬を殴る。そして地面に転がった尚之を上から蹴りまくる。
隼人「カードの暗証番号言え。有り金全部出せよ。札だけでいいから」
尚之、ぐえぐえ言いながら、腹を押さえながら胃液を吐く。
隼人「お前みたいなクソを見てると、おれの親父を思い出すんだ」
尚之「……やめてください、頼むから、隼人さん!」
隼人「女ばっかり外に作ってよ。いま雪がどんな状況にあるかお前想像もできないだろ。その元凶は全部お前なんだよ!!」
隼人の暴行は止まらない。尚之、白目を剥く。それを見た隼人、距離を置いたベビーカーで朝子の寝顔を確認して軽く安堵し、家の方向に向かって押していく。
〇滝沢家(夕)
雪が大久保通りに向かうため、白いワンピースに着替えている。
雪「隼人さん、昼、朝子の面倒を見てくださって、ありがとうございます」
隼人「……いや、いいんだ、それくらい」
朝子が雪を見て、手を振る。雪、覚悟を決めた表情で、朝子に笑顔で手を振り返し、滝沢家を出て行く。
〇滝沢家の外(深夜)
玄関のチャイムが鳴る。隼人、急いで玄関に行く。みきは酒と精神薬を同時に飲みながらボケっとしている。
タクシーの運転手「あのー……」
隼人、戸惑って。
タクシーの運転手「お客さんが、酷い目に遭ったけど警察には行きたくないっていうので連れてきたんですけど。住所合ってますか?」
タクシーの中を見ると、雪の右腕に鋭利な刃物で切られたかのような傷があって、出血している。雪は苦しそうにして、息が荒い。
隼人「はい、住所ここです!」
タクシーの運転手「お代は今日のところはいいんで。状況に応じてやっぱり警察ですかね……」
隼人「はい。とにかくありがとうございます。すぐ部屋に連れて行きます」
雪を抱きかかえて、家に入る隼人。
〇滝沢家(深夜)
みき「……は? どうしたの? 雪、死にかけじゃん」
隼人「は? じゃねえよ。雪が客にナイフかなんかで切られたんだよ。病院だよ、病院! 今からでも軽く手当てしねぇと……」
雪「あの……病院は大丈夫ですから……こんな時間にやってる病院、ないので」
隼人「じゃあ止血する。とりあえず」
みき「雪、なんでタクシー使ったの?」
隼人「こんな酷い怪我なんだから仕方ねえだろ!!」
みき「歩いて帰ってきたらその分金浮いたじゃん」
隼人「お前なあ!!」
みき「お前言うな!! 嫌なら出て行け!!」
雪を床に寝かせて、ちぎったタオルで必死に止血をしている隼人。朝子がぎゃんぎゃん泣き始める。
〇滝沢家の駐車場(朝)
外でみきと男が会話しているのが聞こえて、隼人、駐車場に出る。するとディーラーらしき男が新車のアルファロメオを駐車場に納品している最中である。
みき「オーライ! オーライ!」
隼人「どうしたんだよ……こんな高い車……」
みき「雪の稼いだ金でローン組んだ」
隼人、絶句して。
隼人「買ったの、いつの話だよ」
みき「あんたと雪が昼間寝てる間。近くにあんじゃん。車屋が。久々に外出たくて。あれば便利っしょ。車。買い物とか」
隼人「大体みき、外に出ないだろ。買い物って……。第一、なんでもかんでも通販で買うのにさ。もう返品できないのか?」
みき「できるわけないじゃん」
ディーラーが駐車場に車を入れて、外に出てくる。ディーラーに対して、あきらかに媚びを売るみき。配信業時代の目と表情をしている。
みき「ありがとうございますー! 助かりますー!!」
ディーラー「これで納品完了です! 頭金も一括で払われて、凄いですね……。僕も、頑張らなきゃなあ」
みき「車になにかあったら困るので、お兄さんの電話番号、教えてもらえますか?」
ディーラー「あ、名刺なら何枚もありますので、どうぞ」
みき、頭を下げながら名刺を受け取る。帰っていくディーラーに笑顔で手を振るみき。
〇滝沢家(夕)
玄関。切られた腕を隠した服で大久保通りに向かおうとしている雪。靴を履いている。
雪「……行ってきます」
もう何もその後ろ姿に声をかけられない隼人。
〇滝沢家(早朝)
みきがベロベロの状態で帰ってくる。そして大声で叫ぶ。
みき「隼人ぉー!! 雪ー!! 帰ってきたぞ! みき様の参上である!!」
ドレッドヘアーの男、ホスト風の男、首に金の大きなネックレスをつけた黒髪のマッシュルームカットの男たち3人と一緒のみき。それぞれ缶チューハイを持っている。騒がしいので、隼人と雪が眠たげに玄関を見に行くと、男たちが小さく会釈する。そしてみきを抱えてリビングに居座り始め、宴会を始める。
ホスト風の男「今日はいいの、仕入れましたね」
みき「あんな純度のいいネタ、初めて打った。頭パキーン!」
ドレッドヘアーの男「まあ今日は朝まで騒ぎますか」
みき「だねー! まだ何ヒットか残ってるし楽しまなきゃ!」
みきがスマホをいじって、爆音で音楽を鳴らし始める。みき、踊り始める。騒ぎで起きて、朝子が泣き始める。
みき「……うるせえなあガキは。ったく」
隼人「あの。あなたたち。ちょっと困るんですけど。うち、2歳の子供がいるので」
みき、隼人を指さして。
みき「あんたの子供じゃねーだろうが!! ギャハハ!! 父親面すんなバカ! あ、こいつ、一応旦那。でも、残骸」
黒髪の男「ガキにこれ、ハッパ吸わせたらどうなるんですかね?」
みき「頭壊れるんじゃね? つーかキマったらマンチ入るんじゃね? ガリガリだし。誰かマック頼んどいて!」
みき、朝子のベッドに近づいて、紙巻き煙草状のハッパを吸わせる。朝子、ゲホゲホとむせて、顔色がみるみる悪くなっていくのがわかる。雪の悲鳴が響く。雪、泣きながら朝子を抱いて、台所で水を飲ませる。
隼人「いい加減にしろ!! みき!! 何やってんだよ!?」
みき「完全にあんたら、タッグ組んでるもんね。いいよ。二人でどっか行っちゃえ!!」
隼人、静かに言う。
隼人「そうさせてもらう」
隼人、朝子に水を飲ませている雪を連れて、駐車場に向かう。
〇滝沢家の駐車場(早朝)
みきのアルファロメオに乗り込む隼人、雪、朝子。
隼人「とりあえず朝子を病院に……」
雪「そうしたら、みきちゃんが危ない薬やってるのバレて、捕まっちゃいます。それは駄目です」
隼人「いいんだよ! あいつなんかパクられたら!」
雪「隼人さん。あなたはみきちゃんの旦那さんなんですよ。わたしと朝子はあくまで居候です。わたしも朝子も帰る場所がなくなってしまいます」
隼人「……でもこの車だって、あいつがやってる変な薬だって、雪が命がけで稼いだ金なんだぞ!? いいのか? 許せるのか?」
雪、助手席のシートにもたれかかって、朝子の頭を撫でる。
雪「朝子は大丈夫そうです。顔色もよくなってきましたし。障害が残るとか残らないとかは、いまは置いといて……とりあえず、静かなところに、行きたいです。わたし、ちょっと疲れちゃって……」
隼人「こんな時間だとラブホぐらいしか開いてないけど、それでもよければ」
頷く雪。隼人の運転する車が走り出す。
〇立川のラブホテル(早朝)
隼人、ラブホテルの駐車場に車をとめる。雨が降っている。3人は急いで部屋に入る。朝子は雪のだっこひもの中で少しくずついている。ラブホテルに入った瞬間、思わず、隼人、雪を抱きしめる。
隼人「……大丈夫じゃないよな、雪……」
隼人、雪の下着の中に手を入れて、まさぐる。雪、青色で、熱帯魚の絵がそこかしこに描かれているラブホテルの壁を真顔で見る。そして雪、隼人を乱暴に引き剥がしてから、冷静に言う。
雪「いまのわたしだったらイケると思ったんですか?」
隼人「違う、そんなんじゃ……」
雪「だったらなんでいまわたしを抱きしめたり脚を触ったりしたんですか?」
隼人「下心なんかじゃなくて」
雪「下心以外、ありえないです。みきちゃんを大事にできないひとなんて無理です。隼人さんはみきちゃんから逃げてるだけの弱虫ですよ」
隼人、黙る。
雪「……みきちゃんはとにかく家に置いてくれたんです。何の取り柄もないわたしですけど、みきちゃんのポコチャのおかげで、わたし、昔、本当に気が紛れていました。メイク動画とか、かわいくて綺麗で。恩人なんです。束の間でも」
隼人「……束の間って、おい……雪、もしかして、出て行くのか……?」
隼人、取り乱して。雪の肩を掴んで。
隼人「ってかみきのどこが恩人なんだよ。目ぇ覚ませ。あいつが朝子ちゃんにしたこと、見ただろ? 2歳児にハッパ吸わせる女のどこが恩人なんだよ! おれ、あいつをなんとか説得するから、雪、いなくならないでくれ、頼むよ……」
雪「触らないでください」
隼人、悲しげに雪の肩から腕をおろす。
雪「ちょっと寝ます、わたし……」
ぐずつく朝子をふらふらと抱きかかえながら、クイーンサイズのベッドに倒れ込むように横になる雪。隼人、テレビの前のローテーブルで煙草を吸い始める。隼人、小声で、すすり泣きながら。
隼人「畜生、畜生……」
隼人、灰皿に煙草を押しつけてベッドに向かう。そして横になった雪にそっと抱きついて胸をまさぐる。しかし雪は起きている。隼人に気づいた雪、ぐにゃりと顔を歪ませる。
〇立川のラブホテル(夕)
雪が起きてくる。隼人、朝子をあやしながら言う。
隼人「……もう一泊するか?」
雪「いえ、帰ります。仕事があるので」
隼人、悲しげに。
隼人「……そうか」
隼人、ラブホテルの自動精算機で精算をする。
隼人「金額見てなかったけど、意外と高いな、3万8千430円って……雪、2万払ってくれるか?」
雪、黙って財布から2万円を出して隼人に渡す。隼人、雪と朝子と外に出る。
〇駐車場(夕)
駐車場にとめてあるアルファロメオに乗り込もうとしたところで、刑事2人に肩を掴まれる。驚く隼人。
刑事A「滝沢隼人さんですね?」
隼人「そうですけど……何の用ですか、おれに」
刑事B、ダルそうに、雪を一瞥しながら。
刑事B「奥様の滝沢みきさんから捜索願が出ているんですよ。家に戻れます?」
隼人、心底疲れた顔で。
隼人「はい……わかりました」
すると雪が、刑事Aの手を掴み、隼人を指さして言う。
雪「わたし、滝沢隼人さんに監禁されてるんです!! 助けてください!!」
隼人「え……おい! ちょっと待てって! 何言って……」
刑事A「現行犯で逮捕します。署までご同行ください。お姉さん、あなたのお名前を教えてもらえますか?」
雪「神田雪です。娘は神田朝子といいます」
刑事A、雪と朝子をパトカーに乗せる。そして走り去っていく。サイレンを鳴らすパトカーを、呆然と見ている隼人に刑事Bが手錠をかける。
〇滝沢家(早朝)
刑事Aが滝沢家の玄関をバンバン叩いている。
刑事A「すみません! 新宿警察署のものですが!」
みき、ため息をつきながら、玄関の鍵をあける。みきは灰色のスウェットの上下を着て、髪もぐしゃぐしゃである。刑事Aがみきに聞く。
刑事A「滝沢みきさんでお間違いないですね?」
みき「……はい」
みき、手錠をかけられる。何がなんだかわかっていない様子。そしてそのまま連行されていく。
〇警察署
刑事A、みきに語りかける。
刑事A「それでは、神田雪さんがあなたたちの家に来ることになった経緯を、最初から、きっちりと話してください。そして、それから何があったかも、全て教えてください」
〇裁判所の控室(半年後・早朝)
隼人、護衛の警官に向かって言う。
隼人「すいません、妻と最後に話させてもらえませんか。お願いです」
警官「……3分だけだぞ」
隼人「ありがとうございます」
〇同・裁判所別控室
女性警官が隼人に気づき、ドアを開けてやる。
みき「……あはは、何? 隼人久々じゃん」
初めて隼人と会ったときのように美しいみき。
みき「なんかさ、あたしらも、来るとこまできちゃったって感じだね。……もっと、いい奥さんだったらよかったね。なんか、ごめんね。犯罪者になっちゃった」
みき、歯を出して可愛く笑いながら。
みき「あたし、途中から、隼人のこと、全然目に入ってなかったわ。最高の0日婚、してくれたのに。ドンキで買って貰った指輪、まだ持ってるよ、はめてないけど」
隼人、思わず叫ぶ。
隼人「……お前のこと、本当は、もっと、わかってやりたかった……!!」
隼人の感情の大きなぶれとは対照的に、みきは極めて冷静に言う。
みき「ありがと。でもとき既にお寿司だよ。あたしには結局さ、全然、結婚ってのがなんなのか、わからなかったわ。隼人、じゃあ、さよなら……だね」
みき、隼人に手を振る。
〇裁判所(早朝)
だらりとしたTシャツを着て座っている隼人とみき。腰縄をかけられている。二人とも裁判官を見ながら背筋を伸ばしているが、みきの手がぶるぶると震えている。真向かいに、雪、張り詰めた表情で座っている。隼人、雪の大きな目を見ることができず、うつむく。
裁判官「判決。被告らは東京都新宿区の自宅に住まわせていた被害女性に対し、都内の道路で客引きさせ、売春させた。一年二ヶ月で84回も売春の指示をしたのは、被害女性に対する強い支配がうかがわれる極めて非道な行為である。罪名は売春防止法違反で、懲役二年八ヶ月の刑を言い渡す」
裁判官の判決を聞いたあと、隼人とみき、裁判官に深々と頭を下げる。傍聴席は埋まっており、テレビ記者や雑誌のライターなどが必死にメモを取っている。傍聴席からはひそひそと罵詈雑言がささやかれている。
〇千葉刑務所内の運動場(早朝)
隼人がランニングを終えてストレッチをしているところに、明らかに下世話な関心を抱いている表情をした男が絡んでくる。男、隼人にジャブを繰り返す。隼人、それを明らかに鬱陶しがっている。
隼人「なんだよ」
男「お前、有名人だぜ」
隼人「は……? 有名人……? なんで……」
男「お前のカミさん、超美人らしいな。芸能人みたいって聞いた。でも、結婚してガキもいる年下の子に体売らせて豪遊してたっていうから、皆飛びついてんだよ。もう情報は回ってんだ。カミさんと、どれだけ遊んだんだよ。週刊誌も飛びついてるらしいぜ。本当のところ、教えてくれ、オレ、暇なんだ」
隼人「黙れ。お前に教えるほどおれは暇じゃねえ」
そう言ってキレた隼人、男をフェンスに押しつけ、思いきり腹を殴ろうとしたところを、刑務官にとめられる。
刑務官「やめないか! おい!!」
刑務官がさらに2人やってきて、暴れる隼人を羽交い締めにする。すると、別の刑務官がやってきて、冷静な声で言う。
刑務官B「滝沢。お前に面会だ。雑誌社のライターだとさ」
男、隼人に吠え立てる。
男「ほら! お前、ゲスいことしたから、有名なんだよ! この凶悪犯! オレを暴行した罪で訴えるぞ!!」
〇千葉刑務所内の面会室
隼人が面会室に入ると、色つきの眼鏡をかけた怪しげな風貌の男が既に座っている。男は赤いタートルネックを着ている。
男「はじめまして、滝沢隼人さん。私、週刊ビックモデルの中村と言います」
中村が隼人に向かって名刺を差し出す。
隼人「……あんた、マジで雑誌社のライターなの?」
中村「そうです。こういう事件を飯に食ってる卑しい奴なんですよ。それで、端的に言うと、あなたたちの事件をゆくゆくは本にしたいと考えています。ルポルタージュっていうんですが」
隼人「ふざけんな。なにが本だよ」
中村「まあまあ……そう、怒らないでください。差し入れのお金を渡してきましたし、あなたへの面会予約待ちで列が出来ていたんですよ」
隼人「そんなの知らねえし、だから差し入れ金とか、とにかく金の話じゃねえっつってんだよ」
中村「でも、結局のところ、あなたたちは、旦那に捨てられた子持ちの弱者女性を支配して、金を搾取していたわけでしょう」
隼人「……だから? 何が言いたい?」
中村「あなたたち夫婦は最初から金でしか結ばれてなかったんですよ。だってあなた、無職だったでしょう? 最初からみきさんのヒモだったんでしょう?」
隼人「おれは……雪の手当てしたり……朝子の面倒みたり……全部が金だったとは思わない」
中村「みきさんの話がいっこうに出てきませんね。そうすると、みきさんのこと、愛してなかったわけだ。ほとんど構ってなかったんでしょう。その代わりに被害者の手助けをしてたってことは、滝沢さんはその被害者の方を愛してたんですね? ますます厄介な話になってきたなあ。ハハハ」
隼人、立ち上がって、机を叩く。
刑務官「滝沢!」
刑務官が厳しめの声で注意する。
隼人「てめぇ、事実なんて書く気ねえだろ。次来たら、おれがムショから2年後出たとき真っ先に殺してやるよ」
中村、にやにや笑いながら。
中村「怖いなあ。さすが犯罪者だ」
隼人、パイプ椅子を蹴っ飛ばして、面会室から出て行こうとしたところを刑務官に取り押さえられる。
中村「私は諦めませんよ!」
〇千葉刑務所内の面会室(翌日・夕)
中村が黄色いタートルネックを着て、隼人を待っている。開かれたノートとペン。
隼人「……あんた、暇なの? 昨日の今日だぜ」
中村「あなたこそ、私のことを殺してやるといいつつ、面会拒否しなかったじゃないですか? それはなぜです?」
隼人「他のやつと喋ってると、冷やかしてきてうぜえんだ、それに、……わかんねえけどさ、もしあんたがきっちりとさ、その」
中村「ええ、ええ」
隼人「おれの言いたいこと、わかる?」
中村「わかりますよ、真実、というと大袈裟だけど」
隼人「賭けたんだよ、おれ、あんたに」
中村「昨日一日で、なんでそんな心境の変化が?」
隼人「みきと、雪のこと、ちゃんと誰かに知ってほしい。いま二人について話せるの、おれしかいねえ。みきのことは愛してる、雪のことは好きだった!」
中村「……そうですか……愛していたなら、
なんでここまで酷くなる前に止められなかったんですか?」
隼人「怖かったんだ、あの家から追い出されるのが。これまで、おれの居場所っていう居場所が、あんまりなくて。だから雪とラブホに逃げたあと、みきが捜索願出してくれて、家に戻れって言ってくれて、本当は嬉しかった……安心した……」
中村、広げていたノートを閉じて、隼人の目をまっすぐ見る。
中村「これまで、居場所がなかったというと? 詳しくお聞きしても構いませんか?」
隼人「7歳のときに、両親目の前で轢き殺されてんだ。おれ。親父はクソだったからどうでもいいけど。でも、そっから親戚をたらいまわしというか」
中村「……それは、おつらい思いをされましたね」
隼人「みきがおれの居場所をはじめて作ってくれた。滝沢、って表札つけてさ、新しい家買ってくれて。嬉しかった」
〇千葉刑務所の雑居房(二年八ヶ月後・朝)
刑務官が、隼人の雑居房をノックする。
刑務官「滝沢、出ろ」
飛び起きて、背筋を伸ばし、大声で返事をする隼人。
隼人「はい!」
相部屋の男「なに? お前、今日、出所なの?」
隼人「おう。二年八ヶ月満期」
相部屋の男「二度と戻ってくんなって一応言っとく」
隼人「……色々世話になったな」
相部屋の男「奥さんに会いたいか?」
隼人「会いたいよ……凄くな。あいつは、やり過ぎただけで、元々は気弱な女だったんだよ。やり直せるなら、やり直したい」
刑務官「早く出てこい、滝沢!」
〇千葉刑務所の出口
刑務官に身体検査をされている隼人。
刑務官「大丈夫そうです」
所長「何も、問題なし、と。お前が収監されたときの所持品だ。確認してくれ」
隼人、シルバーのトレイに入った滝沢家の鍵を見つけて、泣きそうになる。ぐしゃぐしゃの万札。電源の切れたスマホ。ジーパンと汚いコート。
隼人「みき……」
所長「滝沢。お前とみきさんの犯した犯罪だが、世間ではまだ騒がれていて、色んなやつがネットで好き勝手書いてる。お前が今日出所っていうのはバレてるから、どこに出歯亀が潜んでるかわからない。それは覚悟したほうがいい。嫌な思いもするかもしれない。ムショ近くは警戒度を上げてるからおそらく大丈夫だと思うが……東京に戻らないのも手だ」
隼人「はい」
所長「でも、まあ、喜ばしいことだ。2年と8ヶ月か。頑張ったな、滝沢」
隼人「……お世話になりました」
頭を下げる隼人。
〇電車の中
隼人、手のひらの中の滝沢家の鍵をずっと見ている。電車の吊り広告には『極悪虐待女とその夫、その後!!』と書かれている。
〇旧滝沢家(夕)
隼人、滝沢家が空き家になって、赤のスプレーの落書きで、『出て行け!』や、『鬼畜』、『変態』とでかでかと書かれているのを見て、ふ、と笑う。
隼人「そりゃそうだよな……」
隼人、しばらく家を見つめた後、なんとなく大久保通りの方へ向かおうとする。しかし、大量のカメラのフラッシュが隼人を襲う。
ニュース記者「滝沢隼人さんですね!?」
隼人「やめろ、やめろ……!」
ニュース記者「いまの奥様の居場所をご存じですか? お手紙のやりとりなどはされていないのですか?」
隼人「知らねえし手紙も書いてねえ! みきの居所ならお前らの方が多分詳しいだろ!」
ニュース記者「ぜひテレビで特集させてくださいませんか? ご出演願えませんか?」
大量の光を浴びて、クラッとよろめく隼人。なんとか大量のニュース記者とカメラを振り切って、逃げ出す隼人。隼人の息のぜえぜえとした音が響く。すると、向かいから車がやってくる。緑のタートルネックを着た中村が車の扉を開ける。
中村「滝沢さん! 早く乗って!」
隼人、緊迫した表情で、車に乗り込む。
〇車の中
隼人「おれのこと、助けたつもり?」
中村「いえ、そんな。おこがましい。たまたま、近くにいただけですよ」
隼人「近くにいたってことはどうせあんたも何かしらネタ探しに来てたってことだろ」
隼人、窓ガラス付近に置いてある雑誌の見開きの束に気づいて、興味本位で見てみる。すると、自分の記事があったので血の気が引く。
隼人「なんだよこれ……これ、あんたが書いた記事?」
中村「ああ……これですか……。私が以前、滝沢さんと面会していたときの思い出を書いたものですよ。だいぶ前に発売されたもので最新のものじゃないですけどね」
見開き雑誌には、「今週も面会しちゃいマシタ! 虐待妻のことは『愛してる』、被害女性を『好きだった』と言う超・優柔不断男の悲惨な過去と迷言をズラリ公開!」と書いてある。
隼人「てめえ、裏切ったな!」
隼人、怒りに震えて中村の首を絞める。中村の運転する車のハンドルが不安定になり、車が電柱に激突する。中村、思いっきりハンドルに頭をぶつけ、意識を失う。それでも中村の首を絞め続ける隼人。
隼人「なにが真実だよ。なんなんだよ。ほんと、なんなんだよ!」
隼人、車から降りて、ブレーキランプを蹴り飛ばし、立ち去る。
〇新宿の電光掲示板
ニュースが流れている。煙草を吸いながら観ていると、自分の話が出てきて顔をしかめる隼人。
キャスター「本日、住まわせていた女性を売春させ、金銭搾取していた夫妻が出所した模様です。緊急映像をご覧ください」
隼人がカメラに向かって暴れ、逃げ出す先ほどの瞬間が切り取られて流されている。
地雷系の服装をしたカップル女「あったねー。なんか昔、話題なったよね。この事件、マジ怖いんだけど。ヤバくない? 洗脳だよ?」
赤髪のカップル男「頭おかしいんだよ。サイコパス、サイコパス」
隼人、ボソッと呟く。
隼人「みきはサイコパスなんかじゃねぇよ……おれが、そうさせたんだ。あいつは本当は家庭とか欲しくて、母親とかになりたかっただけなんだ、おれが、なにかひとつでも叶えさせてやれたらさ……」
しゃがみこんで自分の頭を何度も殴る隼人。
〇大久保通り(夜)
おそるおそる大久保通りの女性たちの列の前を歩いて行く隼人。すると、一番目立つ真ん中の場所に、ファーの真っ赤なバケットハットを被り、ヒョウ柄のコートを着て煙草を吸っている女性に目が行く。女性は短い黒革のスカートを履いて、網タイツといった出で立ち。メイクも濃く、明らかに慣れた商売女という感じである。女性はスマホをいじりながら、酔っ払った中年男性に声をかけている。
女性「ねぇ。遊ばない? 3だよ」
隼人、その声で、雪だとわかる。戦慄する隼人。思わず立ちすくむ。
雪「2でもいいよ?」
雪、別の小汚い中年男性に声をかけ、金銭を受け取っている。
雪「もうちょっと弾んでくれたらイラマチオしたげる」
中年男性「え! じゃあちょっと弾むかなぁ? でもそしたらアナルもいじっていい? 俺、そういうプレイが好きでさ。うちのカミさんはそういうの全然無理なひとだし、そもそも抱いてないし」
雪「あ。アナルね? 開発済みだから、いいよ。特別だよ! じゃ、行こ行こ!」
そして雪は隼人のすぐ近くを通って中年男性と楽しげに歩いて行く。雪は隼人に気づかない。隼人、しばらくそこで佇んでから、呆けた顔で近くのコンビニに入る。そして外国人の店員に口紅を渡す。そしてぎこちなく会計をすませ、コンビニのトイレの鏡を見ながら、その口紅を顔全体にべったり塗っていく。そして真っ赤に塗った顔を、目の前の汚らしい鏡に何度もこすりつける。
